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2016年6月17日 (金)

後見人に必要な経験値?

 成年後見業務のなかで、後見人として、

本人所有の土地の上に設定されている根抵当権の
確定請求をすることになった。
 後見業務をしていると、普段は経験できないようなことが
当事者として経験することになる。
 今までの経験だと、お墓の改葬(実際にお骨を取り出して)、
相続債務の免除交渉、お葬式や納骨の手配、病院の解体工事、
売買や解体に伴う家屋内の動産処分、家の新築、などなど。。
 どれも貴重な体験で、司法書士としての幅も広がっていると
思う。
 けれど、後見業務を行うにあたって、必要な経験値ってあるの
だろうか?私はそこはあまり必要ではないと思っていて、それは
未成年後見でも同じと考える。
 要は、「子育て経験とか、そういったものがないので未成年後見は
自信がない」と言う司法書士もいるけれど、全然必要じゃないと思うのだ。
 未成年後見人は親権を持つことになるが、親の代わりにはなれない。
特に専門職は養育もしないので、そこを意識する必要はなくて、
一人の大人として、寄り添っていけばいいだけだと思う。
 子どもたちにとって、そういう大人の存在があるかないかという
ことは、とても重要なことだと思う。
 しっかり育てなければ、とか、親以上のことをしようとする必要は
ないわけで、存在そのものが支えになるのだと思って、取り組んで
みてほしいなと思う。
 そうやっていくうちに、経験が積み重なって、それが別の業務にも
活かせるようになるはず。
 ということで、根抵当権の確定請求の内容証明を作らなきゃ。

2016年4月16日 (土)

「差別」ってなんだろう。。。

 今年の4月から、「障害者差別解消法」が施行されました。

 これは「障害のあることを理由として差別する」ことを禁止して、
障害のある人もない人も、その人らしさを認め合いながら、
共に生きる社会を作ることを目的としています。
 そういったことが、法律として整備されないとできない社会って
いうのもなんだか悲しいけれど、目的自体は素晴らしいことだと
思います。
 だけど、「差別」ってなんだろう、と時々考えてしまいます。
 そして、そんな思いが強くなる出来事がありました。
 精神障害者や知的障害者の生活自立支援施設に入所している
知的障害の女の子に先日会った時に、
「何か困ってること、ない?」と聞いたら、少し考えて
「施設にいる人で、ちょっと嫌な人がいる。」とのこと。
 どんな人なのか聞いてみると、最初に
「職員さんが言うには、自分よりも能力が低いから、、、」と
話し出し、「大人なのに、子どもっぽいのが嫌だし、話に
割り込んできたりするのでいやだ」と言いました。
 知的障害者の色々な能力に差があるのは当たり前だけど、
施設の職員さんがそういう言い方で、当事者たちを説得と言うか
納得させようとしていることに、まずちょっと驚いたのと、
障害者同士での差別感情もあるのだなと言うことをあらためて
認識させられました。
 誤解を恐れずに言うと、人が集団の中で生きていく以上、
差別なんてなくならない。誰にでも他人を差別する感情があって
そのことによって自尊心を保つ人もいると思います。
 だけど、だからと言って、そのことを理由に攻撃したり害悪を与えたり
するのは間違っているし、そもそも能力に全く関係ない差別(人種差別)など、
もってのほかです。
 
 それでも、いつも私は「真実は一つじゃない」と思っていて、
事実として起こった出来事は一つでも、見方によって、そこにある
真実はいくつにも捉えられるわけで、物の見方や考え方も色々あって
当然です。

 私の大好きなSEKAI NO OWARI の「Dragon Night」という
歌に、こんな歌詞があります。
 
  人はそれぞれ正義があって 争い合うのは仕方ないのかもしれない
  だけど僕の正義がきっと 彼を傷つけていたんだね

 みんながそう思える社会になればいいなと思います。

2015年11月18日 (水)

乳がん検診顛末記

 今年9月7日に受けた乳がん検診で、

要精密検査の結果が出た。

 局所的非対称陰影のカテゴリー3と書かれていて、

何のことやらわからなかったけれど、とにかく精密検査を

受けよとのことなので、健診センターで東北公済病院を

紹介してもらい、11月4日に検査に行った。

 ちなみに、触診では異常なし、自分でもしこりは全然ないと

思えた。

 最初の検診のときには一方向からのマンモ撮影だったので

二方向から撮るとのことで撮影し、そのあと先生の診察へ。

 待合室で一時間以上待たされたので何事かと思ったら

前の順番の人が乳がん宣告されていたようで、もう一か月後に

手術、しかも全摘なら再建希望・・・という先生の声が聞こえてくる。

私もそんなことになったらどうしよう、、という不安で一杯になるも

一方で、全然大丈夫だろうという、能天気な感じだった。

 さて、診察台にあがり、今度は超音波検査をされる。

 やけに念入りに見ているので心配になってきたところ、先生が

「しこりというほどでもないけど、ここに影があるので、細胞を取って

調べます。」と言われ、えっ?と思っている間にそのままの体制で

おっぱいに針がぶすっと刺された。当然、痛い。かなり痛い。

じっと我慢していると、今度は針の先を何やらぐりぐりし始めたので

もう泣きそうである。

 ちなみに終わった後、一週間くらい痛みがあったので、乳がんの

せいで痛いのかと、とても心配になった。

 結果が2週間後に出ると言われ、予約をしてその日は終わり。

 その2週間の間、色々考えなければいけないと思い、乳がんの

手術のことを調べたり、おっぱいのことを色々考えた。

 うちは母が50歳代で乳がんになり、全摘手術をしている。

 幸い、その後の再発もみられず、10年以上経った今も

ピンピンしているが、おっぱいがなくなったことに変わりはなく、

気がしてくる。

 そうやって結果を聞きに行くまで悶々と過ごすことになった。

 そして今日、その日がやってきて、特に前日までに

たとえば「家族を連れてきて」というような連絡もなかったし

大丈夫だろうと思う反面、ここまできて、何ともないわけが

ないのでは、という思いが半分半分。。。

 さらに、また前の順番の人が、何やら結果を聞きに来て

「一人で来たんですか?」と聞かれていて、診察室から出た

後に、色々検査の案内をされていたので、「あぁ、また告知」

と、自分もそれに続くのかという思いで先生の前に座ったが

あっけなく「異常ありませんでしたよ。」と言われた。

 そうか、あんなに痛い思いをしたけど、何ともなかった、

そう思ったら、心底ほっとした。

 普段、体のことはなんでも母には話してきたけど、

今回はさすがに心配させるだけだから、何も言えなかった。

 今度は6か月後に検査して、様子を見ましょうということなので

油断はできないけど、とりあえずおっぱいがなくならなくて、

よかった。。。。

 乳房再建術のことも色々調べたけれど、

もともときれいな形の人ならいいだろうけど、

重力にかなり負けてる感じなわけだから、どうしても

左右がちぐはぐになるってことは避けられないわけで、
それもどうかなぁ、などと、真剣に考えてみた。

 専門の病院に行ってみて、乳がん患者さんがほんとに

多いんだな、という実感。これからもまめに検査しないとね。

 

2015年7月10日 (金)

NPO法人の名称

  今までも、何件か「特定非営利活動法人」の登記を依頼され


申請したことがありました。

 
 今回、自分でNPO法人を設立するにあたって、理事候補者の

 方々と打ち合わせをしていた時に、

 「名称は、特定非営利活動法人ってつけますか、NPO法人って

 つけますか?」と聞かれました。

  今まで、正式な名称が漢字表記で、NPOというのは簡略的な

 名称であり正式には使えないのだとばかり思っていたので、

 びっくりしましたが、特定非営利活動促進法第四条は以下のように

 なっていました。



第四条  特定非営利活動法人以外の者は、その名称中に、
「特定非営利活動法人」又はこれに紛らわしい文字を用いてはならない。



  どういうことかと言うと、特定非営利活動法人じゃない団体は、

 特定非営利活動法人と名乗ってはいけない、ということが書いて

 あるだけで、特定非営利活動法人であれば名称にその用語が

 入っていなくてもいい、ということです。

 会社の場合は違います。会社法では、



第六条  会社は、その名称を商号とする。
 会社は、株式会社、合名会社、合資会社又は合同会社の種類に
従い、それぞれその商号中に株式会社、合名会社、合資会社又は
合同会社という文字を用いなければならない。

と定められているので、名称の中に、必ず「株式会社」等を入れなければ

ならないのです。

 その頭でいたので、NPO法人も同じで、しかも略称なんてだめだよね、と

勝手に思い込んでいたのです。

 平成14年から、商号にローマ字が使えることになったため、つけても

つけなくてもいいNPO法人は、特定非営利活動法人、と入れるもよし、

NPO法人と入れるもよし、どっちも入れなくてもよし、となったようです。

なので、うちは、「NPO法人」と入れようと思います。

わかりやすいもんね。

2015年7月 8日 (水)

遺骨の改葬

 こちらのブログを一年近くも放置しておりました。

 日々の雑感についてはフェイスブックで書くことが

多くなったためですが、考えてみたらフェイスブックは

お友達しか見えない投稿が多いので、こちらもきちんと

更新していこうと思います。

 今日はたまたま、遺骨の改葬について、相続のご相談ついでに

聞かれました。

 実は、私、改葬をしたことがあり、(全くの他人の遺骨ですが)

聞かれれば結構答えられます。

 誰でも、自分のご先祖様のお墓の近くで一生を過ごすわけでは

ありません。遠くになってしまった場合、自分の居住地の近くに

移したいと思っても不思議はありません。

 私は、成年後見をしているご本人のお母さまの遺骨を

他県から宮城県に改葬しました。その他県のお寺にある

お墓には他にも多くの親族の方の遺骨が埋葬されていたので、

そのお墓自体はご親族が継承されることになりましたが、

私の被後見人さんは独身で子供もいないので、ご本人が死亡後は

永代供養にしたい、その際に亡くなっているお母さんの遺骨も

一緒にしたい、というご希望でした。

 なので、そこのお墓の中からお母さんのものと思われる遺骨を

取り出して、宮城の永代供養墓の管理者であるお寺さんに

持っていくという事実上の作業と、役所における改葬許可申請を

一日で行なったのです。

 まず、宮城で永代供養墓を所有しているお寺さんと契約を結び、

その後他県のお墓があるお寺さんに行き、改葬許可申請書に

証明印を頂いて、役所に行きました。役所の手続きは数分で

終わりました。そして、その許可を受けたことをお寺に確認して

頂いて、いざお墓を開けていただきました。

 その「お墓を開ける」という具体的なことに、なかなか頭が

回らなかったので、お寺に行ったときにご住職から

「石屋さんは呼びましたか?」と言われ、唖然としてしまいました。

そうか、そういう手配も必要だったのね、と。その時はご住職が

すぐに石屋さんを電話で呼んでくださって、たまたますぐに来てくれて

助かりました。

 そして、お墓を開けてみたら、どれが誰の遺骨なのか、さっぱり

わからない状態になっていました。

 お墓を開けて覗く、そこから遺骨を取り出すという、初体験で

冷静さを失っていたこともあり、自分ではどうすればいいのか

分からなかったので、ご住職や石屋さんのアドバイスのもと、

遺骨を取り出すところまでは良かったのですが、再度ご住職が

「骨壺か何か、お持ちですか?」と聞くので、あぁ~、それもか、と

絶望的な気持ちになりました。そこもご住職のご厚意により

お寺に余っていた(かどうかは不明ですが)骨壺を下さって、

おまけにご住職のお母さまが風呂敷まで用意してくださって

無事、車に遺骨を積み、宮城に戻って来ることができました。

 宮城では、永代供養墓への納骨は、お寺さんでやってくださる

とのことだったので、とにかく遺骨と改葬許可証をお渡しして、

無事お役目を終えることができました。

 そんなことまで、成年後見人がしなければいけないの?と

時々質問されますが、おそらく、後見人の職務ではないと

言うべきかもしれません。

 他にやる人がいない、あるいは私がやったほうがスムーズに

事が運ぶであろうことについては、私は深く考えないで

「やりますよ」と言ってしまうのが悪い癖ではありますが、

元来の好奇心旺盛な性格が災いしているのかもしれません。

 現在、成年後見人としての資格は、ご本人が死亡したら

消滅してしまいますので、死後の葬儀等についてはもともと

後見人の業務ではないのですが、事実上、やらざるを得ない

こともあるのが実際のところですが、これについては民法改正の

動きもあるようです。

 今後ますます需要が増えると思いますが、私なりの後見業務を

考えながら(越権行為とか権限乱用にならないように)務めて

いきたいと思います。

2014年9月 7日 (日)

司法アクセスの拡充を考える

 長らく放置しておりましたが、昨日の宮城県司法書士会の

研修会でのお話しを聞いて考えたことを少しまとめてみようと

思います。

 愛媛県の司法書士で、木原道雄さんという方がいて、

昨日の研修会で講師をして頂いたのですが、

テーマは「児童虐待と未成年後見」でした。

 

 しかし、木原さんの活動は、子どもの関係にはとどまらず、

高齢者や障害者についても色々と独自の関わり方を

していて、そのような活動全般にわたってお話しいただきました。

 

 その中でも、後半、聴覚障害者の消費者被害の事例では

時間を忘れるほど?の熱弁で、私以外の会員のみなさんも

話に引き込まれていたと思います。

 

 どんな事例かというと、

① 聴覚障害者が集団で(というか連鎖的に)

 ネットワークビジネスの勧誘を受け、訳もわからないまま入会金を

 支払い、解約したいと困っている。

② 手話通訳のできる司法書士としてそのうち一人の相談を受けて、

  クーリングオフについての法令違反を指摘し、支払ったお金を返還させた。

③ その人からの紹介、そしてそのまた次の紹介、という

  ことで、全国各地の聴覚障害者から何十通ものFAXが

  届くようになった。

④ ある1社が、次々訴訟を起こされたため破産し、それで

  収まったと思ったら、同じ被害者がまた別の会社で

  同じように被害にあい・・・・

 というのが延々続いた、という内容です。

 聞く人によっては、「手話通訳ができる木原さんだから

できること」と思って、引いてしまうかもしれませんが、

木原さんが伝えたいことは、「だからみんなも手話を

覚えよう」ということでは決してなくて、

「聴覚障害があるがゆえに、こういう手口に引っかかってしまう」

ということを知って欲しい、そして、自分にできることを

何かちょっとでも考えてほしい、ということだと思いました。

 聴覚障害者の方は、手話でなくても筆談ができる方が多いので、

私達でも相談を受けることは可能です。

 しかし、実際にそのような相談者が、司法書士会の相談に

いらっしゃることは、ごくわずかです。

 なぜなのかというと、聴覚障害者の方々にとって、司法書士会

というところが自分たちの相談を受けてくれるとは思っていない

からです。「そんなはずはない、そんな差別はしていないのだから」

という方がいらっしゃるかもしれませんが、それが現実なのです。

 なので、司法書士会としては、面接相談会を行う際の案内として

できれば手話通訳者を一人でも手配して、待機してもらう、

そのことを告知する、手配が難しければ筆談が可能です、と

案内するということが大事だと思いました。

 そして、手話通訳の方が実際来て下さったならば、司法書士会は

そのような消費者被害の解決にも取り組んでいること、そして

いつでも相談できるということを、通訳の方に知ってもらう、という

ことで、間接的なお知らせにもなるのです。

 司法アクセスの拡充というと、一番先に司法過疎の問題が

挙げられますが、その他にも「相談しやすい状況にあるか

どうか」という点では、司法書士事務所としての敷居の高さ(低さ)、

そして相談者の方々の身体的・精神的状況も考えなければ

なりません。

 そんな意味で、とても実のあるお話をしていただいたと思って

います。

 聴覚障害だけではなく、色々な方の状況を考えながら相談会を

行なっていかなければなりませんが、障害者の方が、どのように

困っているのか、ということをまずは知ることが大事だと思いました。

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2014年4月29日 (火)

子どものためにも・・・

 先日、2歳の娘さんを連れたお母さんが相談に来ました。

 相談内容は詳しく書けませんが、話しているうちに彼女が

夫から暴力を受けているという話になり、その他にも色々な 事情が

重なっている方で 「もう、何をどうしていいかわからなくて 」 と

泣きながら訴えます。子どもは、お母さんの近くで一人で遊んでいて、

「2歳なのに 偉いなぁ・・・」と思って見ていましたが、時々お母さんを心配

そうに 見つめていることに気が付きました。お母さんが泣くので、最初は

私に泣かされているのではと思った ようで、私の事をじっと見て、お母さんを

気遣うような様子でしたが 時々おもちゃをお母さんのところに集めてみたり

して、本当に お母さんのことが心配なんだろうな、というのがとても伝わって

きて、その時の娘さんの目を思い出すと、涙が出てきます。

 私は相談の中で、彼女が一番解決すべきは、もともとの相談内容 ではなく、

夫の暴力の問題だと思いましたが、彼女の中では違って いて、「夫とは離婚

しない」と決めているので、たぶん私のアドバイス は彼女に届いていないの

だろうなと感じました。他の相談でもそう ですが、問題の優先順位が、こちらで

考えるのとと相談者とで違って いる場合が結構多いものです。  

 彼女が離婚しない、と決めている理由は「親に、これ以上迷惑を かけたく

ないから」ということで、「自分だけが悪い」「自分が我慢すれば」 という呪縛から

逃れられないでいるのだと思いました。私は彼女に、 「こうして、娘さんもお母さん

のことをとても心配してますよ。娘さんの ためにも、お母さんが元気でいられるよう

に考えていった方がいい のでは?」というようなことをお話ししましたが、彼女には、

直接は 何も言わない娘ではなく、直接彼女を攻撃する親や親類の方が 大きなスト

レスになっているため、何も言われないようにするために 自分だけが我慢すれば

いいという結論になっているのかな、と思い ました。  

 彼女に限ったことではなく、例えば自己破産の相談等でも「親が 絶対破産は

しないでと言っている」という理由で、前に進めない方が いたりします。それぞれの

方の、生まれたときからの親との関わり方 なので、突然それを変える、意識を変える

ということが難しいのは わかりますが、そのために自分が不幸になっていいはずが

ありません。

 DVの問題でも、親世代・祖父母世代に、いまだに「昔はそんなの、 みんな我慢

した」「離婚するなんてみっともない」などと言われることで、 暴力から逃れられない

のだとしたら、そういう親たちの発言自体が なのではないかと思うのです。

 相談に来た彼女の考えを否定するわけではなく、ただただ、 「あなたは全然悪く

ない」と言うことを伝えたかったのだけれども、 目の前で泣く彼女に何もしてあげら

れない、救ってあげられない自分 が無力に感じ、この小さな娘さんが健やかに成長

してくれることを願う ばかりでした。

 DVの問題で、自分で積極的に相談に行ける方と言うのは氷山の 一角で、

これは児童虐待もそうだと思いますが、表面化しているのは ほんの少数だと

言われています。そうだとすると、実際にそのような 相談に乗ることももちろん

大事ですが、暴力と言うのが家族内でも 犯罪であり、我慢してはいけないという

ことの啓蒙活動がますます 重要になっていると思いました。

 自分にできること、司法書士にできること、考えていこうと思います。

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2014年4月19日 (土)

桜の季節

 ながらくこちらのブログを放置しておりました。

 Facebookで簡単に投稿ができてしまうので、

こんなことになりましたが、少し考えをまとめたり、

ゆっくり考えながら書くには、やはりブログの方が

適していると思いますので、また少しずつ更新したい

と思います。

 仙台は、今週でどこも桜が満開になり、どこに行っても

綺麗な桜を見ることができました。

 昨日は、仙台家庭裁判所の玄関口へ行く途中で、

桜の花びらが舞い散る中を歩き、とても気分がよかったです。

 けれど、桜の季節が悲しい思い出の季節である人もいます。

 後見で時々お会いする女性の方は、ちょうどこの季節に

ご主人を亡くされ、毎年桜を見ると、悲しくて淋しくなる、と

言います。初めてお会いしたころに、よく考えもせず、

「ご自宅から、こんな綺麗な桜が見えて、いいですね」

なんて言ってしまった私は、とても後悔しました。

 成年後見や、未成年後見業務に関わっていると、

本当に色々な方の、それこそ十人十色な人生が見えてきて

それが辛いときもありますが、私の視野も少しずつ広くなって

いくような気がします。

 

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2013年8月20日 (火)

いくつになっても

 昨夜は長男が飲み会とやらで12時ごろに帰宅。

 今月から週4日働いているので、職場で色々と
誘われるようです。
 もう大人なので、別に帰りが遅いくらい、かえって
嬉しくもあるのですが、今まで2年くらいはずっと家に
いたので、出かけたら出かけたで心配になります。
 家にいるときは、とにかく何でもいいから外に出て
欲しいと思っていたのに、勝手ですよね。
 昨夜も雨が降ってきたので、濡れるんじゃないか
とか、飲みすぎて具合が悪くなってるんじゃないか
とか、心配しだすとキリがありません。
 いくつになっても子供の事を心配する親の気持ちが
実感としてわかるようになりました・・・。

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2013年8月17日 (土)

楽しみながら・・・

 ずいぶんご無沙汰してしまいました。

 

 ちょっとしたことはフェイスブックで常に書いているので

落ち着いてブログを書くということが少なくなりました。

でも、たまには色々考えをまとめないといけません。

 

 ということで、今日は色々振り返り。

 

 今年に入ってから、事務所での環境がめまぐるしいほど

変わってしまいました。それは、スタッフだったり、私の仕事

(主に司法書士会の会務の関係)だったり色々あるのですが

なかなかそれに順応していくのが大変で、どうしてそうなって

いるのか考える余裕があまりありませんでした。

 

 けれど、考えてみると、それらのすべては私自身が決定し

ていることであり、誰かにそうさせられているとか指示されている

ことではありません。ということは、私が進みたい方向に自ら

進んでいるということです。

  これまでの人生もそうだと思います。

  どうしてその道に進んだのか、その原因は色々あるにせよ

その時その時決断して進んできた道を後悔したことはなく、

支えてくれる人々との出会いが、私を助けてくれました。

 そうやって生きて、色々な人と関わる中で、自分が傷ついた

こともあれば、大事な人を傷つけたこともあります。その結果

恨まれて憎まれてということも。そして、今でも毎日誰かを

傷つけている・・・という気持ちもあります。大抵誰かが傷ついて

いる時、その相手には人を傷つけているという自覚がない

ものだと思うからです。

 人生後半戦に突入して、最近お金にはならないような

仕事が増えたように思うのは、そんなことへの罪滅ぼしの

ような気がします。もちろん、私が傷つけてしまった人へは

直接関係ないんだけれど、誰か他の人の役に立ったりする

ことで、バランスをとりなさい、ということのような。

  もちろん、そんなことで罪が消えるわけでもなく、許される

訳でもないのはわかっていますが、そう考えることで、自分

自身の精神のバランスをとっているとも言えます。

  人生で無駄なことは一つもない、といつも思います。

  それは、誰の人生においてもです。

 

 常に目の前に貼ってある「やることリスト」に追い立てられ

いつまでたっても終えられない愚かさに嫌になることも

あり、結局は自分との闘いなわけですが、後半戦はひとつ、

「楽しみながらやる」ということを目指してみようと思います。

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